祭  S i d e  E
意識が再び動き出した切っ掛けは、
少し肌寒い風がボクを包んだ時だった。
風邪を引いたときに起こす身震いで目が覚めた。

そんな時、何かがボクの首筋に触れた。

もぞ。

くすぐったい。
何かがボクの耳に触れた。

もぞもぞ。

やはり、くすぐったい。
そして―

「長から配達なのー!!」

「うわぁぁ!!」

ボクは慌てて起きると、"何か"…
大きさが三十センチはありそうなオカメインコの様な鳥が…
鳥が喋った。
鸚鵡返しとは思えない程、人間に近い発音で。

「あれ、ウェブはどこなの?
 長からウェブへ配達なの。
 長からウェブへ速達なの。
 何処に居るか知らない?
 ウェーッブ!!
 ウェブ・イーストッ!!」

「鳥が人の言葉を喋ったぁぁあ?!」

喋った。鳥が。
物を尋ねた。鳥が。ボクに。
しかも、微妙に怒っている。
……何者?
いや、何鳥?
どうなってるんだ…?
そう考えている間にも鳥はマシンガンの如く喋り続ける。

「そう言えば、アナタ!!
 何でウェブの部屋に居るのに、
 ウェブの居場所知らないの?
 もう。速達なのー!!」

鳥に言われて気が付いた。
ベッドは勿論、周りのインテリア等、初めて見る物ばかり。
つまりは、赤の他人の部屋。
それより、物を尋ねられたら、
相手が謎の鳥だろうと、応えるのは礼儀だと思って、

「そんなこと言われても…。
 今起きたばっかりだし、
 此処、初めて見る場所だし…。」

と応えると、鳥はボクをまじまじと首を上下に動かしながら言う。

「アナタがトールなのねぇ。
 若いって羨ましいのねぇ。」

訳が分からない。
何でボクの名前を知っている人や鳥が次々と現れるのだろう。
お茶の間アイドルを目指した事もないし、なったつもりもない。
野球で一軍入りしたとは言え、公式戦は一度も出ていない。
やはり、この謎の鳥に訊くべきなのだろうか。
"鳥は喋るものなのか"―ではなく、
"何故僕の名前を知っているのか"と。
でも、怖い。
あの謎の夢の様な感じで、"死んだから"と言われるのが。
しかし、訊かなければ始まらない。

「あの…さ。
 何でボ―」

「ケキョちゃん、暗い夜空の中、お疲れ。
 あと、君も自分との戦いお疲れ。」

言葉の途中、バンッという派手な音を立てて、
この部屋の持ち主と思われる長い黒髪の女性が現れた。
林檎…と思われる果実を両手いっぱいに持っている所為なのか、
女性は足で蹴たぐってドアを開けたらしい。
ドアノブが壁に身を埋めている。

「まぁ、二人ともリビングに来なよ。
 今から夕食だからさ。
 食事は頭数が多いだけ良いからな。」

女性はそう言って、部屋を出た。
ボクが呆けていると、

「何してるの?
 早く行くよー?
 早く行かなきゃ夕飯冷めるよー?
 早く行かなきゃケキョ置いていくよー?」

と、鳥、基、ケキョが袖を引っ張り、部屋を出るように促した。
ボクは短く「分かった。」と返事をして、部屋を出た。
寝てる間に夕方になっている事については、また後で訊けばいいし。

謎の鳥とか居る割には、意外と普通の廊下。
…というか、金持ちの一軒家の廊下。
インテリアは何も飾ってはいないが、ただ広く、何処か気品の溢れる廊下。
そんな廊下をボクは歩き、ケキョはちょこんとボクの頭に乗っていた。

(なんか、聖那の家みたい…)

とか、思いながら。

「突き当たり。突き当たり。
 突き当たりがリビングなのー。」

「あっ、ゴメンゴメン。」

目の前にはやはり、質素だが、気品の感じさせられるドア。
ドアを開こうとすると、

「大丈夫ですか?
 まだ、寝ていなくて大丈夫なのですか?!」

と、また別の飴色の髪の女性がドアを開き、手を握ってきた。
「取り敢えず。」と言ったら、
凄く心配そうな表情で、「気をつけて下さいね。」と言ってくれた。
この人も、また、優しい女性だな…と思った最中、ケキョが言う。

「トール。
 トランス、男なの。
 こー見えても。
 気付いた?」

「…………誰の事?」

「トランスのことー。
 トールの目の前に居る、
 トランスのことー。」

「………………ケキョ。
 見え透いた嘘を吐くのは、
 場を和ます事すら出来ないの…知ってる?」

「うん。
 だから、本当のこといってるー。」

ほんの十数秒の会話の筈なのに、時が止まったように感じた。
何かの勘違いだろう。
いや、聞き違いだろう。
寝起きだからに違いない。
そう思っていると、目の前の女性が話し掛けてきた。

「あの…
 まさかとは思いますが…」

「おっ…思いますが?」

咄嗟に言葉が移る。

「私の事…
 女性って思ったりしまし…た…?」

暫しの間。
どうしよう。
本当の事を切り出すべきか、
それとも、愛想笑いで誤魔化すか。

「ホラぁ。
 ケキョのゆーとーり。
 トランスはこういう顔しても男なんだよー。」

場の空気を読まず、ケキョは淡々と言葉を発す。
やっぱり、此処まで来て嘘を言うのは見苦しい。
それに、認めにくい事実が目の前に突きつけられて、
この問題をはっきりと白黒着けたい。
謎の喋る鳥よりも認めにくい事実に。

「スイマセン。
 凄く…と言うか、女性そのものに見えます…」

「やぁぁっぱ、誰の目から見ても、
 トランスは女だよなぁ。」

いきなり聞こえた声は一番最初に見た黒髪の女性。
両手に持っていた大きな釜をリビング後方のテーブルに大きな音を立てて置いた。
そして、

「まぁ、食べながらでも話そうぜ。
 今日は、マンドゴラのアンブロシア煮込みだぞ。」

「ケキョのはぁ?!」

ケキョは間髪入れず女性に大きな嘴を大きく開けて食い掛かった。
しかし、女性は怯むことなく言った。

「まだアンブロシア残ってるから―
 メイプルでも、かけようか?」

「やたぁぁぁ!!」

そう言うと、ケキョはボクの頭を離れ、天井スレスレの所を何回も何回も飛び回った。

一回…

 二回…

  三回…

回る回数を増す事に不思議と恐怖心が薄れていくのを微かに感じた。


ウェブは苦虫を噛み潰した様な表情でケキョから受け取った手紙を読んでいた。 不愉快・と言う表情だけでなく、 憐れみ・哀しみ・憎しみ・怒りという複雑な表情も入り混ざらせて― (なんだって、子供がこんな事に…) ぐしゃりという音を立たせ、手紙を握りつぶした。 その様子に気付いたのか、トランスは表情を強張らせ、トオルは心配そうな表情をしている。 ウェブは"その事"を悟られぬよう、ケキョが夢中で食事をしている音以外、 しん、と何も聞こえないリビングに話題を振った。 「そういや、自己紹介とか、此処がなんだとか、  何でお前がコッチに来たのか話してなかったけなぁ。」 「あ…うん。」 トオルは思いだしたように相槌を打った。 しかし、トランスは相変わらず強張った表情でウェブを見つめて。 「んじゃ、サクッと自己紹介でもするか。  まず、お前から。」 と、ウェブはトオルを指差し言った。 トオルは多少戸惑いつつ、 「ボクは北原トオル。  なんか、下校中に気付いたらコッチに居たみたいで…」 頭を抱える。 それを気遣って、ウェブは「無理しなくて良い」と言ったが、 トオルは小さく「大丈夫」と言い、続ける。 「『後はヨロシク。   エリュシウムからの御加護がありますように。』って…  女の人。優しい笑顔。  ボクを此処へ送った人…」 トオルの目から急に熱い物が溢れ出した。 何の意識もせず、はらり、はらりと。 ウェブとトランスは一瞬顔を見合わせ、泣きそうな顔を必死に整えた。 そして、ウェブは、トオルの頭にぽんっと手を乗せて言う。 「そっか…。  ありがとう。  そいつは私達の親友だ。  ちゃんと言葉を運んでくれてありがとう…。  こんな変なカタチで出会ったけど、よろしくな。  …まぁ、しんみりするのは食事中には似合わないし、明るく行くぜ?  私はウェブ。ウェブ・イースト。  んで、横に居る男女はトランス。  トランス・ウェポンっつーんだけど、何でも呼べば返事するよ。  因みに、マイベストは泣き虫。」 一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。 「ちょっと何吹き込んでるのですか?!」 五秒もの間をおいて、やっとトランスが、彼女が発した言葉を理解した。 うっすらと泪が浮かんでいたトオルの顔は、今はもう笑みが零れている。 一方ウェブは当たり前と言わんばかりの余裕の笑みを含み言う。 「真実を述べたまでだ。」 「なんですって?!」 今度は間髪入れず食い掛かってきたトランスを見て、トオルとウェブは二人して笑う。 そして、ケキョは食事が終わったのか、空になった皿を見つめるのを止め、 久々に言葉を発する。無論、ケキョから見た時間軸での久々なのだが。 「あのねートール。  トランスねぇ、一度も組み手でウェブに勝ったことがないのねぇ。  でねー、いっつも泣いてたのー。  ケキョは見たなのー。  男の子なのに泣いてたのー。  男の子なのに女の子に負けてたのー。」 「本当?!」 トオルは驚きのあまり裏声が出た。 ケキョは続けて淡々と言う。 「ケキョ嘘付かないー  嘘付いても得じゃないー  それにこんな楽しいことに対して嘘付かないー。」 そう言うと、揶揄の魔神・ウェブが、にやっと笑い、揶揄の達人・ケキョに続く。 「そうそう。  いっつも負けてたんだよ。  まぁ、今やっても負けると思うがな。」 「だからぁっ!!」 トランスは耳まで紅くなり、否定する。 談笑が弾む只の食事ではなく、今やもう、只の揶揄会場になっている中、一人必死に。 そんな中、トオルがボソリと呟いた。 「そんなに言うなら、今やって白黒着ければいいのになぁ…」 刹那、ウェブが不敵な笑みを浮かべ、 「よし、トオルの意見に乗ったぁっ!!」 揶揄の魔神は声高らかに叫び、拳を天井へ突き出した。 例えるなら、水を得た魚。 グングニルを得た神話の神。その他etc…。 そんなこんなで、トランスを指差し、 「今から庭で組むぞっ!  氣功アリでっ!」 「ハァ?!」 夕食を急遽中断し、組み手を行うことを宣言した。 すると、横から 「ウェブサイコーなのねー!!  ケキョ審判ー!!  トオルは能力見るの初めてだから、良い経験になるのー!」 ケキョの歓喜の声。 最後の一言はその場に応じて適当につけただけであって、 本心は審判が出来る喜びが強いと見受けられる。 しかし、ウェブはそんなこと気にもせず、最後の一言についてトオルに尋ねる。 「トオルも見たいだろ?  そっちの世界で伝説となっている能力とか。」 「…うん!!  知りたい!!」 にやっと笑うウェブ。 そして、目を輝かせるトオル。 ―今は費えし能力。  氣功・魔術・変化・召喚の能力。  古に突如出現した一族の血の能力。   歴史の授業中にうつらな頭にしか響いたことのない能力。 それを目の当たりに出来るなんて・という言葉が顔に書いてある。 そんなトオルを見て、一瞬優しくウェブは微笑み、また話を続ける。 「だろう?!  ホラ、庭に出ろや、泣き虫。」 「だからっ!!」 がしゃっ。 一瞬浮いた皿が机と接触する独特の音。 トランスは立ち上がって、顔を俯けていた。 (お願いだ…訊かないでくれ…) ウェブは分かっていた。 トオルを和ませながらも、トランスを揶揄しながらも気付いていた。 トランスが、未だ手紙について知りたがっていると言うことを。 羞恥心により俯けている訳ではない事も勿論分かっていた。 「いい加減腹括れや。  それに、今更、夜目が効かないって言い訳は聞かないぜ?」 「……分かりました。  でも、女性だからって手加減はしませんからね。」 「おぉ。言うようになったな。  だが、生憎アンタが全力で掛かろうと手加減しようと結果は何一つ変わらねぇよ。  私が負けたら、アンタが今訊きたいことを話してやるよ。」 そう言いつつ、ウェブがリビングを後にするのに続いて、トオル、ケキョも庭へ向かった。 トランスは、ウェブが握りつぶした手紙を開き、再び握りつぶした。 そして、天を仰ぎながら、一人呟く。 「大切なことなら、言えばいいのに…  私はちゃんと話を聞くから…」 その言葉は誰もいない部屋に虚しく木霊した。

何れ知るべき事 何れ知らざるを得ない事 其れ等を予め知らす事こそ正しいのだろうか

大切な事 大切になるであろう事 其れ等を知らさずに居てくれるのが幸せなのだろうか